久々に夢中になって読み耽った本でした。

本作『虹を待つ彼女』は、第36回横溝正史ミステリ大賞を受賞した作品で、著者の逸木裕(いつき ゆう)氏のデビュー作でもあります。

それでは、早速紹介していきましょう。

あらすじ

主人公の名前は工藤賢といい、職業は人工知能の研究者だ。

現在は、高校時代の知り合いのツテで、人工知能のアプリの開発に携わっている。

アプリの名は『フリクト』といい、一言でいうと人工知能と会話ができるサービスだ。
フリクトには、10人の架空のキャラクターが実装されていて、それぞれのキャラクターごとに、知識欲が旺盛、読書好きなどの性格があり、ユーザーは自由に好きなキャラクターを選択して、会話を楽しむことができる。

フリクトは、人々の間で人気を博しており、順風満帆かに見えた。

しかし、ここ最近、サービスの成長は行き詰まっていて、クレームも増えてきている。

そこで、新機能を開発し、ユーザー数の増加を計ろうという話が、社内の会議で持ち上がる。

そこで、出てきたのが、亡くなった人の人格を人工知能化して蘇らせるというプロジェクトだった。

そして、その試みのプロトタイプ(試作品)第1号に選ばれたのが、「水科晴(みずしな はる)」という人物だった。

水科晴は、美貌のゲームクリエイターで、6年前に、とある事件を起こして自殺をとげており、ネット上では現在でもカルト的な人気があった。

水科晴の人工知能を作るには、水科晴という人物についてを詳しく知る必要がある。

主人公は、人工知能の精度を高めるべく、水科晴の調査へと乗り出す。

始めは、そこまで調査に乗り気ではなかった主人公。しかし、調査が進んでいくにつれ、だんだんと彼女の魅力に惹かれていく。

そんな折、主人公のもとへ「HAL」と名乗る謎の人物から脅迫メッセージが届く。

「これ以上嗅ぎまわるな。お前も、」──。

主人公は、水科晴の過去を探る内、思いもよらない事件へと巻き込まれていく。

見どころ&感想

ジェットコースターのような面白さ

本作の魅力をまず挙げるとするならば、それは、物語を進める上でのピースがそろった後、急激に面白さが増すという点です。

ここでいうピースとは、主人公の人物像、そして物語に大きく関わってくる主人公と交流のあるキャラクター達などを指しています。

これらのピースがそろった後は、ページをめくる手が止まらないほどに、物語の世界のめり込んでいる自分がいました。

途中、歯磨きで読書を中断しないといけなかった時には、思わず「面白いな…」とつぶやいていて、高揚感をいだいている自分がいました。

主人公にめちゃくちゃ感情移入してた

上で書いた、途中から急激に面白くなったという話にも関係しますが、その面白くなった要因として、自分が主人公にとても感情移入をしていたことが挙げられます。

主人公の目的は、水科晴の人工知能を完成させることなのですが、後半、筆者も、「えぇ…展開がきな臭いな…まさかこのまま人工知能が完成しないまま物語が終わってしまうなんてことは無いよな…」とか、「せっかくもう少しってところだったのに今度はなんだ!」と物語の展開にハラハラしつつ、なんとか水科晴の人工知能の完成が見たいと思いながら、夢中で読み進めていました。

ジョブス「点と点をつなげる」

いきなりジョブスって何?って思われた方。これからちゃんと説明するのでご安心ください。

筆者は、本を読む前に著者のプロフィール欄を結構見る方なのですが、そこには以下のように書かれていました。
「法学部法学科卒。現在はフリーランスのウェブエンジニア業の傍ら、小説を執筆。」

本作の物語は、まさに、この著者のバックボーンが詰まっているのを感じました。

人工知能のようなIT周りの知見に関しては、エンジニア業との関連が考えられます。

そしてもう一つ、本作には弁護士さんが登場するシーンがあるのですが、そのシーンの描写がキラリと光っており、思わずニヤリとしてしまいました。

該当部分を引用してみます。

「先ほど工藤さんは、こう仰いました。人工知能は自分で学習をしていくと。コントロールできないと。そうですね」

「ええ、そうです」

「ということは、これは民法上の過失に相当するかもしれません。具体的には、民法第七百九条にもとづき、損害賠償責任を負うかもしれない」

引用:逸木裕『虹を待つ彼女』(角川書店)p88〜89

法律をかじったことがある人なら、思わずにニヤリとしてしまうのではないでしょうか。
このシーンは、それくらい洗練されたものを感じ、個人的に印象に残っています。

エンジニア業、法律、まさに著者の経験が物語に生かされているなあと。

こういった著者の経験が物語に色濃く反映されているという意味で、スティーブ・ジョブズ氏の「点と点をつなげる」という名言を引用させていただきました。困惑された方がいたらすみません…。

もちろん、小説の物語と著者は切り離して考えるべきという話もあります。そして、もちろん物語はフィクションです。筆者がここで言っているのは、あくまでも創作論としての観点での話です。

筆者は、小説読みの端くれとして、恥ずかしながら、いつか自分も物語を描いてみたいなぁなんてことを考えるので、こういった創作論的なことに興味があったりします。

おわりに

今回を機に、筆者の読書リストにお気に入りの作家が新しく加わりました。

新しくお気に入りの作家を発見できた時は、とても高揚感があります。

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