他の人はどんな感想を持ったのか、知りたい。
読み終わった時、強烈にそう思った。
それくらい強烈でインパクトのある終わり方で、そこですぐさまAmazonのレビューを読みにいってもいいのだけど、そうすると、人の感想と自分の感じた感想が混ざってしまって、結局自分が本当は何を感じたのかが分からなくなってしまう…。そこで、自分の感じた純粋な気持ちを残しておくべく、その前にこうして感想を書き留めておくことにする。
目次
特色
リアルな底辺高校の描写とヒップホップ要素に加え、映画ファンは思わずニヤリとする小ネタの数々
まず、本作の特色として挙げられるのが、やたらとリアルな底辺高校の描写と、そしてラップなどのヒップホップサブカルチャー要素に加えて、今だとミニシアターで上映されているようなちょっとコアなファンのいるタイプの映画のネタがたくさん出てくる。
とは書いてみたものの多分より正確に言うなら、映画は『時計じかけのオレンジ』とか出てくるし、ヒップホップに関しても多分ここらへんは筆者はあまり詳しくないのだけど90年代とかそのあたりのちょうど流行った世代があるんだろうと思う(ヒップホップグループ「RHYMESTER」の曲『B-BOYイズム』とかそのあたり)。その世代の人はめちゃくちゃ話がわかるというか、そういうものだと思う。(話ずれるけど、このあたりの話は最近見たyoutubeの動画で芸人の永野がヴィレヴァンを探訪するという企画で『時計じかけのオレンジ』などを熱く語ってた気がする)1
印象に残ったところ
リアリティのある底辺高校の描写
本作に登場する映画やヒップホップの話に関しては筆者の知識不足のため拾いきれないので詳細は他に譲るとして、
ここではまず筆者が本作の中でもっとも惹かれた部分でもある、そのリアリティのある底辺高校の描写と、クラス内のスクールカースト底辺に関する描写について書いてみたいと思う。
特に本作冒頭、7P〜11Pの描写は素晴らしい。最初のページも合あわせて合計で計5ページのただこれだけのページ数で、本作の主人公のクラス内での立ち位置、そしてお世辞にも偏差値が高いとはいえない高校に通っていることを皮肉も交えながら痛快に描いているのである。
筆者は本を買うとき、その出だしの文を読んで、自分に合う本かどうかをフィーリングしてから買うかどうかを決めるというのをよくやる。そういう意味で本作の冒頭の吸引力は抜群だった。
まあ、これは筆者が奇遇にも本作の主人公と同じく底辺高校出身でしかもその中のスクールカースト底辺に生息していた人間であることも大いに関係していると思うのだが…。
それでは早速、そんな本作の冒頭からいくつか抜粋してみよう。
まず、ひとつ目はこちら。
朴が窓側にある自分の席に座れないのは、第三者にそれを占領されているからだ。しかも、勝手に椅子を座られるくらいならまだいいのだが、あろうことかクラスのもっとも活発な男五人と女一人で構成されるグループ、その中の中心人物が机の縁に臀部(でんぶ)をのせている。
引用:波木銅『万事快調』(文春文庫)p7
上記の引用では、本作の主人公である朴秀美(ぼく ひでみ)が、クラスの陽キャたちに自分の席を占有され座れないでいることが描かれている。
しかし、それだけでは終わらないのが本作の良い点で、そんな自分の席を勝手に陣取っている"奴ら"のことを、痛快に皮肉っている点が面白い。
具体的に以下で引用してみよう。上記の引用の続きだ。
「下品な連中だな」
それを見かね、岩隈がスマホを眺めながら細々と言った。引用:波木銅『万事快調』(文春文庫)p8
岩隈(いわくま)というのはこれまた主人公と同じくスクールカースト底辺に生息している人物で、主人公との関係性はといえば、お互いとくに気が合うというわけではなく、さしずめ、ボッチ回避要因といったところだ。
そして、さらにこう続く。
もし、さ。朴は溜息混じりに岩隈へ投げかける。
「いま私が堂々と自分の席に戻ったらどうなるかな。ちょっとごめんね、座っていいかな、って」引用:波木銅『万事快調』(文春文庫)p8
以下続き。
岩隈は失笑してから答える。
「一瞬気まずい空気が流れて、お前はあっ、ごめんね、って苦笑いされる。連中は場所を変えてまた馬鹿騒ぎをはじめる。それだけ。あ、まず手始めにお前への嘲笑を交わし合ってからね。それか、お前のことなんて誰も気にも留めない。矢口はお前の机に座り続ける。お前は椅子に座っても、あいつのケツに視界を塞がれる。なにコイツ、空気読めねーってキモがられながら。」「ひえー」
朴は小さく溜息を吐き、文庫本のページをめくる。
引用:波木銅『万事快調』(文春文庫)p,8
あんまり引用ばかりが続いてもあれなのでそろそろここらへんにしておきたいが、本作の冒頭からもう少しだけ引用してみる。
上記で主人公の話し相手として登場した人物、岩隈についての描写だ。
目つきも性格も人当たりも(頭も!)悪い岩隈は、この偏差値低めの田舎の高校においても当然のように浮いているから、彼女と好意的に関わることはクラスの多数派から外れることを意味する。
引用:波木銅『万事快調』(文春文庫)p9
特に以下の部分が見事な表現だと思う。
"クラスの多数派から外れることを意味する。"
クラス内における多数派と少数派…。そして自分が少数派に属するということはつまり、ヒエラルキーの最下層に位置することを意味する。クラスの集団内における力学を上記の文章は見事に言い表わしていると思う…。
色々と思い出すなぁ…(思い出したくもないが)。
最後にもう一つだけ本書の冒頭から引用してみる。
露悪的な性格の岩隈は、田舎の底辺工業高校に入っちゃった時点で私たち人生詰んでんだよ、と持ちネタのように吐き捨てる。
引用:波木銅『万事快調』(文春文庫)p10
「この学校に入った時点で私たちの人生は詰んでる」。偏差値低めの高校出身者なら共感できるセリフだと思う。
そこで何クソとハングリー精神とか反骨精神を出して頑張れる人はいいが、大半は最初から諦めてる人が多い印象だった。この学校に入っちゃった時点で自分はダメなやつだ…と。
なんだろうね…偏差値至上主義が生み出した歪みというか、なんというか…。
登場人物達はそれぞれに得意ジャンルがあり個性的
本作は、主人公の朴(ぼく)、そのボッチ仲間の岩隈(いわくま)に、そしてもう一人、クラスの中でも活発なグループに属している矢口、この3人を軸として物語が展開していくのだけど、それぞれが自分の持ち味というか、得意ジャンルを持っていて良いなと思った。
例えば主人公の朴は大のSFファンで、4桁の暗証番号を2001と、明らかに著名なSF作家アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』から取ったとおぼしき番号にしているし(この点は作中でも言及ありp317)、それに加え、朴はヒップホップにも凝っていて、フリースタイル(ラップ)の集会に定期的に参加している。そこでの活動ネームがニューロマンサーとこれまた有名なSF作品から取っている。(『ニューロマンサー』はウィリアム・ギブスンによるSF小説でサイバーパンクと呼ばれるSFジャンルの草分け的作品である)
つまり、SFファンでありながらヒップホップにも通じているというハイブリッドというわけだ。
そして岩隈は、母親の影響で昔の少女漫画に詳しく、なかでも特に「24年組」(この呼称は昭和24年生まれから)と呼ばれる、1970年代に活躍した少女漫画家の作品群に詳しい。どの作者が24年組に含まれるかは諸説あるが、岩隈が特に気に入っているのは24年組の中でも大島弓子作品の一つである『錦の国星』(わたのくにほし)で、すべての台詞を暗記するほど繰り返し読んだという。
最後に矢口だが、彼女はかなり熱心な映画ファンである。
その熱烈っぷりは、田舎に住んでいるため大作以外の映画をスクリーンで見るために東京まで遠征に出かけることからもうかがえる。
作中でも彼女の心の声や台詞にて、映画の話が多数登場する。ここで元ネタがわかる人は思わずニヤリとしたことだろう。
登場する映画のタイトルの例あげると、有名どころで言えばキューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』や、その他には80年代にヒットを飛ばした『ゆきゆきて、神軍』や、これまた90年代のヒット作である『フォレスト・ガンプ』、その他にはコーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキ』や、スコセッシ監督と主演ロバート・デ・ニーロで送る『レイジング・ブル』等、充実のラインナップとなっている。
と、まあこんな感じで3人ともそれぞれ個性的なキャラクターとして描かれる。
少し話はずれるが、筆者は〇〇に詳しいとか何でも良いから、今述べてきた作中の登場人物たちのように、この人といったらこれというものを持っている人に惹かれるところがある。
某歌の歌詞に「No.1にならなくてもいい、もともと特別なOnly One」とある。しかし、自分はオンリーワンであることに加えて、プラスαで何者かになりたいのだなと思う。
メモ
タイトル「オール・グリーンズ」の由来
タイトルの由来が気になったので、作中で言及されている箇所をメモしておく。
名付け親は主人公の朴(ぼく)で、以下の台詞で述べられている。
「マリファナって隠語で『緑』って言ったりすんのね。日本語のラップとかレゲエとかで。そのグリーンと、システム・オール・グリーン。つまり、万事快調ってこと」
引用:波木銅『万事快調』(文春文庫)p275
つまり、タイトルの『オール・グリーンズ』は、ヒップホップの分野で使われるスラング『緑』と、「システム・オール・グリーン」を掛け合わせた言葉だ。
「システム・オール・グリーン」はSFでよく出てくる台詞で、「すべてのシステムが異常なし」といった意味がある。ここでも主人公の朴がSF好きであることがうかがえる(このことについて詳しくは上述)。
おわりに
内容的に刺さる人には刺さるだろうけど、万人受けはしないだろう。本作は、松本清張賞を受賞している作品であり、そのことからもテーマ性を持った社会派であることがうかがえるが、筆者はそこまで深読みせずに普通にエンタメとして楽しんだ。
もし、この文章を読んでいる人でまだ本作を未読だと言う人がいたら、ちょっとでも気になっているなら読んで損はない作品だと思う。