自分は本当は何をやりたいのか。才能、挫折…。いろんな思いが交錯する熱い物語でした。

あらすじ

音に対する豊かな感受性を持つ主人公は、とある出来事をきっかけに、東京から姉の住む田舎へ療養にやってきていた。

そこで主人公は、世界的に有名なオルガン製作者である芦原幹(あしはら みき)さんに出会う。

「僕は、人類がこんな楽器を作ってくれた偶然に、感謝しています」

引用:『風を彩る怪物』(祥伝社)p36

オルガンに多大な情熱を捧げる、芦原さんや神宮寺さん達と接する内、主人公はオルガンの持つ魅力に惹かれていく──。

オルガン制作、演奏家、才能、挫折、迷いetc. オルガンに携わる人々の、様々な思いが交錯する物語が幕を開ける。

見どころ

一人の天才を中心に様々な思いが交錯する

才能がない人間が天才を真似ようとすると、壊れてしまう。いいね、彼に飲み込まれたらいけないよ

引用:『風を彩る怪物』(祥伝社)p62

天才に魅せられ、夢を破れた人。

圧倒的な才能を目の当たりにして、自分を見失ってしまった人。

天才に対して、闘志を燃やす人。

何かひとつのことに打ち込んでいる人に憧れを抱く人etc.

芦原幹という一人の天才を中心として、これだけのいろいろな思いが交錯する群像劇が描かれていて、非常に熱い物語だと思いました。同時に考えさせられるものがありました。

若いころはバンドマンを目指していたけれど、夢破れて今は普通の会社員をやっている人、若いころは希望にあふれて業界に飛び込んだはいいけれど、次第に現実を知り、しぼんでいった人‥などなど、現実世界でもたびたび耳にする話です。

本作はこういった、過去に夢破れた経験のある人や、現在進行形で夢を追っている人に特に刺さる物語だなと思いました。

芦原さんという魅力的なキャラクター

「一雨、くるかと思いましてね」

「一雨?」

「一雨です」

いつものように、芦原さんは不思議なテンポで会話を飲み込んでしまう。

引用:『風を彩る怪物』(祥伝社)p88

芦原さんは、独特なテンポ感や雰囲気をまとった人で、周りを巻き込む求心力があり、それでいてどこかミステリアスなところがあるという、不思議な魅力を持つ人物です。

本作に登場するキャラクターの中で、特に印象に残っているキャラの一人です。

印象に残った言葉

本作を読んでいて、印象に残った言葉がいくつかあるので紹介します。

気がつかないくらいゆっくりと上手くなっていく。

高校の同級生に、建築家を目指している子がいた。
地面を均して鉄筋を並べ、型枠を嵌めてコンクリートを打つ。小さな作業を少しずつ積み重ねて巨大な建築物を造るダイナミズムにゾクゾクするらしく、将来は砂漠にピラミッドを建てたいと大真面目に語っていた。
建築のことは判らないけれど、あの子の気持ちは、少し判る。楽器の上達は、建物を建てることに似ている。毎日地道に練習することで、気がつかないくらいゆっくりと上手くなっていく。

引用:『風を彩る怪物』(祥伝社)p17〜p18

「毎日地道に練習することで、気がつかないくらいゆっくりと上手くなっていく。」

絵の練習や語学、歌など、何かに打ち込んだ経験のある人なら共感できる言葉なのではないでしょうか。

すぐに成果が実感できないと、挫折してしまいそうになることがありますが、そういった時にこの言葉を思い出して「気がつかないくらいゆっくりと上手くなっていく。」と思うと、モチベーションが湧いてくる、素敵な言葉だと思いました。

その代わり、山の上からの光景は見られない

「はは、器用貧乏だけどねー。要領はいいけど、何かひとつを達成することはできないタイプ。我ながらどうかと思うよ」

「そうですか? すごい才能だと思いますよ。色々なことを体験できそうですし」

「その代わり、山の上からの光景は見られない」

亜季さんは、ふっと寂しげな目をした。
山の上からの光景。何かひとつのことに打ち込んだ人だけが、見られる景色。

引用:『風を彩る怪物』(祥伝社)p214〜215

何かに打ち込んで、一定の高みまで登りつめた人にしか、見えない景色がある。
自分にはその光景を見ることができない─。

亜季さんの、どこか悟ったような、諦めたような、複雑な感情が見え隠れしていて、印象に残っているシーンです。

そのときに、万全の準備ができているとは限らない

転機は突然やってくる。そのときに、万全の準備ができているとは限らない。覚悟を決めるべきだ。いまできることを少しずつ、進めていくしかない。

引用:『風を彩る怪物』(祥伝社)p219

「人生は選択の連続」という言葉がありますが、選択の連続である人生において、時には大きな決断をしなければならない時がある…。そんな時、常に万全の準備ができているとは限らない…。グッときた言葉です。

おわりに

才能と才能がぶつかり合う熱い物語でした。オルガン制作や楽器演奏という自分の知らなかった世界を小説を通じて垣間見ることができて面白かったです。

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