※ネタバレ注意
本当に面白い小説を読み終えたあとに残るあの充実感に満ちた余韻といえば、たぶん小説好きの人ならピンとくると思う。
本作『桐島教授の研究報告書』には確かにそれがあった。
正直に告白すると、私は最初この作品をなめていた。少々下に見ていたと言うべきか。
どうしてかというと、その理由はこの作品の設定にある。
ひょんなことから可憐な10代の美少女に若返ってしまった日本人女性初のノーベル賞受賞者の研究者(中身は88歳)と、
これもまた意外なきっかけで、その助手をつとめることになった主人公という設定から、私は最初、
ラノベテイストな良い意味での肩の力を抜いて読めるミステリを想像していた。
ところがどっこい、その予想は見事に裏切られた。
物語を読み進めていくにつれ、
ミスリード、時間軸を入れ替えたギミック、意外な犯人と、本作にはミステリ好きでも楽しめる仕掛けが多数施されており、後半のたたみかけるような展開には思わずページをめくる手が止まらなかった。
本作は一見すると、肩の力を抜いて読めるライトなミステリ風を装っているが、その中身はミステリとして決して妥協していない本格派といってもいいだろう。
目次
面白かった点
魅力的なキャラ
個人的に好きだなと思ったキャラは、探偵さん。昼間なのに丸いサングラスをかけているのに加え高身長、しかも黒スーツで動きがキビキビしているという特徴を持つキャラだ。
「妙に背が高くて、異様なくらい動きが素早くて、しかも夜なのにサングラスを掛けていたそうなんです。」
引用:喜多喜久『桐島教授の研究報告書』(中公文庫)p133
最初登場した時は、なんかうさんくさいなぁ…と思っていたけれど、物語を読み進めていくにつれて、なかなか頼りになるし好感度が増していった。味のあるキャラだなと思う。
徐々に縮まる二人の距離
本作では、メインヒロインである桐島先生に対して、主人公が抱く淡い恋心がわずかに示されている。
そして、本作ではそんな二人が少しずつではあるが信頼関係を気づいていく様が描かれている。
「こんなに似合う人は、日本中を探してもそうはいないと思います」
「大げさなことを。……どこまでいっても主観の問題が伴うが、まあ、君がそこまで言うなら、信じるとしようか」
引用:喜多喜久『桐島教授の研究報告書』(中公文庫)p320
主人公が桐島先生対して抱く感情は本当に恋なのか?それはまだはっきりとはわからないが、今後どうなっていくのか楽しみである。
いたる所に仕掛けられたギミック
本作はいたる所にミステリとしての仕掛けが施されていて、とても楽しめた。
特に筆者は、物語の真相とは別な方向に読者を誘導するミスリードに見事にやられて、意外な犯人像にはあっと言わされた。しかも、その犯人はプロットとして見ても、ご都合感はなくて、よく練られているなと思った。
時間軸を入れ替えたトリックなんかもあって、あとであの時のあれはそういうことだったのかとわかる仕掛けも良かった。
ちょうどよい塩梅の理系ミステリ
本作は、理系大学を舞台として、理系の知識を用いた謎解きが展開されるのだけど、専門的になりすぎずに噛み砕いて書かれているため、文系の筆者でも迷子にならずに楽しむことができた。
あと知識をひけらかすといった嫌みな感じがなかったのも良かったのかもしれない。
ほろ苦くもどこか爽やかな結末
本作は、大学内で起きたとある事件扱っており、登場人物たちの行き場を失った感情が引き起こしたある種の悲劇を描いている。
ただ悲劇は悲劇であるものの、遺恨を残さない終わり方で、不思議と爽やかさを感じさせる読後感だった。
物語を読み終わる頃には読者として、登場人物達と物語の世界に対して親しみを感じるようになっており、続刊が出るなら、ぜひシリーズものとしても読んでみたいと思った。
続編予定もあるそうで楽しみ
著者のTwitterによると、続刊予定もあるようで、楽しみである。まだまだ先になりそうだけれど。
おわりに
この著者の本を読むのは、今回の『桐島教授の研究報告書』が初めてとなる。
出会いのきっかけは、ブックオフで本棚を物色していた時のこと、何気なく背表紙が目に止まったことだった。
一行目の「世の中には、二種類の人間がいる。科学を理解できる人間とそれ以外だ。」という書き出しに、吸引力を感じ、購入にいたったというわけだ。
新しくお気に入りの作家を発掘できた時は嬉しい。その瞬間、自分の中に新しい読書の地平が広がるのを感じることができるから。