いやぁ、面白かった。
本作が最初に刊行されたのは、奥付によると新潮文庫版が2003年と、今から、20年以上も前になるが、現在読んでも、全く古くさい感じがしない。
民俗学を題材としたミステリとして、有名な本作だが、恥ずかしながら、まだ、読んだことがなく、2024年になって、角川文庫より新装版として新たに刊行が始まったのを書店で見つけ、手に取った次第である。
目次
あらすじ
簡単にあらすじを紹介しておこう。
学会内で、その独自の着想から「異端の民俗学者」と呼ばれ名を馳せる、美貌の民俗学研究者、蓮丈那智(れんじょう なち)と、そんな彼女の研究室で助手を務め、物語の語り手である、内藤三國(ないとう みくに)。この二人を基軸として物語は進行していく。
蓮丈那智が研究のため、フィールドワークへ赴いた先で、なぜか頻繁に血なまぐさい事件に遭遇するのであった。そんな不可解極まりない事件の謎の数々を、那智は、「学者よりも警察官にむいているかもしれない」と捜査員を言わしめるほど、警察官顔負けの推理と、民俗学的知識をもって、解き明かしていく。
本作の魅力
民俗学的知識とエンターテイメントの見事な融合
本作の魅力をまず第一にあげるとすれば、その豊富に登場する民俗学的な知識と、物語としての面白さ、エンターテイメントの見事な融合にあると思う。
よくある傾向として、こういった学問を題材とした物語は、得てして、学術的な知識を登場させる時に、ともすると知識を羅列しただけの、読者側からすると、読んでいて退屈な、説明口調になってしまうことがある。
だけど、本作はそうじゃない。柳田國男や折口信夫といった本格的な民俗学知識を随所にさしはさみつつも、しっかりとエンターテイメントとして、物語を面白く読ませる。作者のその手腕は本当に見事としか言いようがない。
蓮丈那智のキャラクターとしての魅力
そもそもキャラクターが良くないと物語に入り込めないといったりするけれど、
そういう点で言うと、本作に登場する、蓮丈那智というキャラクターは、実に独特な魅力を持った人物だと思う。
蓮丈那智というキャラクターのビジュアルは、本作の中で以下のように描写されている。
短い髪を整髪料できっちりまとめた顔立ちは明らかにモンゴロイドとはかけ離れていて、「精悍な」という言葉を思い起こさせるほどだ。
椅子から投げ出された足が、そのまま身長の高さを示す。ただ、眉の薄さと鳶色がかった瞳がどこか酷薄なイメージを与える。そこへ、妥協を許さない言動が加わるものだから、人が那智に中世めいたイメージを抱くのも仕方ないことかもしれない。
引用:北森鴻『狂笑面〜蓮丈那智フィールドファイルⅠ〜』(角川文庫)p10〜11
那智というキャラクターは、美貌の女性として描かれるが、その性別を感じさせない言葉づかいと、短めの髪といったビジュアルも相まって、なんともいえない独特な魅力を醸し出している。
それともう一つ、彼女の特徴として、内藤三國いわく「まとっている空気──あるいは表情ひとつでひとの心に、ざわめきを覚えさせることのできる力」というものがある。その表情、声質ひとつで場の空気を一変させ、相手を氷点下に叩き落とす能力というべきか。
助手の内藤でさえも「彼女が何気なく作る表情に恐怖さえ覚えることがある」と、作中で繰り返し述べているように、その彼女の持つ独特の、場を支配する怖さが、物語内に、これまた独特で、唯一無二の緊張感を生み出しているように思う。
物語全体を連綿とつなぐ一本の糸
「一連の一見無関係に見える、ひとつひとつの事件には、実は、裏で糸をひいている、共通のあるひとりの人物の存在がある」といった設定は、古きよきシャーロック・ホームズの頃から続く伝統のようなものだが、本作にも、シリーズ第一作目にして、そのような存在がほのめかされている。
その名も《税所(さいしょ)コレクション》といって、かつて、明治の頃に生きた、税所篤(さいしょ あつし)というある一人の政治家が、あまり褒められたやり方ではない方法で収集したコレクションで、その存在は、彼の死後、現在では、ほとんどが行方知れずなっているという。
彼は、大規模な古墳の発掘を行い、その出土品の多くを自分のコレクションとしたのだが、彼の行ったその発掘事業は、明治という時代において、はたして彼個人の意志によるものだったのか。彼の背後に潜む、巨大な権力の存在も、作中でにおわせてある。
そして、また内藤は作中でこのように独白を述べている。
──我々はまた、どこかで遭遇する。《税所コレクション》という舞台の上で。
それはまた、内藤自身のたしかな予感でもあった。
引用:北森鴻『狂笑面〜蓮丈那智フィールドファイルⅠ〜』(角川文庫)p244
おわりに
書きそびれていたが、本作のもう一つの特徴として、著者の別シリーズ作品、『旗師・冬狐堂』シリーズや『香菜里屋』シリーズとのつながりも作中で示されていて、実際にキャラクターも登場する。
こういった作品をまたいだ繋がりがあることで、読者はますます北森鴻氏の描くその世界観の深みにハマっていくなと思った。
こういった他作品とのつながりは、筆者としても個人的に好きだしテンション上がるよね。
