1つの小さな事件をきっかけに、芋づる式に意外な真相が浮かび上がっていく。そんな物語でした。

あらすじ

探偵は突然、私にこう告げた。

「百万円。これをあなたに渡して欲しい、そう依頼されて参りました」

探偵の手元には分厚い封筒。その中には、見事に百万円が─。

当然の事ながら、主人公はとまどった。身に覚えがない。

送り主はいったい誰なのか?主人公は十一年前のある出来事を思い出す─。

見どころ

何気ない事件をきっかけにどんどん話が大きくなっていくワクワク感

いきなり大きな事件が起きて、その謎を探偵が解くというのではなく、一見たいしたことがないような小さな事件をきっかけとして、徐々に意外な真相が浮かび上がっていく様子にワクワクしました。

例えるなら、雪の積もった日、雪玉を転がしていくにつれ、徐々に雪玉が巨大になっていく。そんなイメージ。

手塚治虫のスターシステムじゃないけれど

そこには「ライター」という肩書きで、旧姓の榊原みどりという名前を記している。聞き込み調査中は、探偵や調査員という名刺を使うことはあまりない。

引用:逸木裕『星空の16進数』(角川書店)p35〜p36

※ここから先はネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。

本作には、著者のデビュー作『虹を待つ彼女』にも登場した探偵が登場します。

最初は、「森田みどり」と名乗っていたので、前作と名前は同じ「みどり」だけど、名字が違うから別人かな…?と思っていました。けれど、よくよく読み進めていくと前作『虹を待つ彼女』に登場した探偵「榊原みどり」と同じ人物だということが分かりテンションが爆上がりました。

そういえば、『虹を待つ彼女』のときに結婚したって話だったな。

はじめからシリーズものと分かっている作品なら、同じ人物が登場しても何も驚くことはないですが、そうとは全く思っておらずに読んでいたので、えっ?まさか前作の世界観とつながってる…!?と興奮しました。

印象に残った言葉

本作を読んでいて、印象に残った言葉がいくつかあったので紹介します。

情報をどう解釈するか、それが個性

私は呆気に取られた。すごい洞察力だった。
「どうしてそんなことが判るんですか。私、何も言ってないのに」

引用:逸木裕『星空の16進数』(角川書店)p26

「個性だと思います」

「個性?」

「ええ。個性って曖昧な概念ですけど、私は個性って、結局のところ『情報をどう解釈するか』ってことだと思ってるんです」

引用:逸木裕『星空の16進数』(角川書店)p26

「ええと……どういうことですか?」
「簡単な例を挙げれば、同じ写真を見ても、素敵だなと思う人もいれば、そう思わない人もいる。つまり、情報の解釈が違いますよね。それが個性です」

引用:逸木裕『星空の16進数』(角川書店)p27

「情報の解釈には、先天的な性格だけじゃなく、後天的な技術も関わってきます。例えば、私は夫が野球が好きでたまにプロ野球を見に行くんですけど、同じ試合を見てても、私と夫では読みとる情報が違うんです。いま投げたスライダーは、その前に投げたストレートがあるから生きるとか、あのバッターはこのピッチャーとは因縁があるからこの打席は燃えているはずだとか、とても多角的に情報を解釈しています。それは夫がもともと持っていた興味の上に、勉強を積み重ねてできるようになった技術だと思うんです」

「技術、ですか」

「ええ。一般的には、先天的に持っているセンスだけを個性と呼びがちですけど、人間は後天的に積み重ねてきた技術も大きい。センスと技術を合わせたもの、つまり同じ情報をどう捉えるかを、私は個性だと考えているんです」

引用:逸木裕『星空の16進数』(角川書店)p27

同じ情報をどう捉えるか、それが個性。
印象に残っている言葉です。

個性という言葉は、よく「個性が大切だ」とか「個性的な人」といった使われ方をしますが、個性についてここまで掘り下げて考えたことはなかったので、新鮮でした。

両面提示の法則

両面提示。交渉をする際に、都合の悪い情報をあえてテーブルの上に晒すテクニックだ。相手の信頼を得るための、基本的な手法だった。

引用:逸木裕『星空の16進数』(角川書店)p63

本作では、こういった心理的なテクニックの話がちょくちょく登場して面白かったです。筆者はこういった心理学的なネタが好きなもので…。

ノンバーバルコミュニケーション

──謝罪をするとき、電話口であっても、頭を下げるのは大事だよ。ノンバーバルコミュニケーションと言って、見えなくても空気って伝わるものだから。

引用:逸木裕『星空の16進数』(角川書店)p154

ノンバーバルコミュニケーションとは一言でいうと、相手に伝わる雰囲気のことです。

ノンバーバルには「非言語」という意味があります。つまり、ノンバーバルコミュニケーションとは、非言語情報によるコミュニケーションのことです。

非言語情報によるコミュニケーション?小難しい言葉ですが、もう少し噛み砕くと次のようになります。

私たちは、コミュニケーションというと、何を言おうかという、言語情報だけに注意が行きがちです。しかし、実際のコミュニケーションでは、言葉だけではなく、身ぶり手ぶり、表情、声のトーンなどの非言語な情報も大きく影響しています。

この言葉以外の非言語な情報を使って行うコミュニケーションがノンバーバルコミュニケーションです。

このノンバーバルコミュニケーションの存在があるからこそ相手に何かを伝える際には、何を言うかだけではなく、非言語情報にも注意を向けることが大切なのだそうです。

と偉そうに書いてますが、ググっただけですw

筆者は、このノンバーバルコミュニケーションという言葉を、本作ではじめて知ったので、とても勉強になりました。

おわりに

みどりの先輩探偵である浅川はよく「探偵なら、足を使え。」と言っています。意味は、頭の中で理屈をこねるだけではなく、地道な聞き込みなど足を使っての情報集めが大切だということです。

本作では、みどりが実際に足を使って、動き回りながら、泥臭く事件の真相にたどり着いていく様子が描かれています。

話はうって変わり現実へ…。何かと結果を求められたり、ストレスの多い現代社会。なんでもスマートにこなせればいいのですが、なかなか上手くいかずに、「だめだな…自分…」と落ち込んでしまうこともあります。そんなとき泥臭く調査に挑み、時には壁にぶち当たったりしながらも前へ進んでいくみどりの姿を見て、
「泥臭くてもいいんだ、地道にやっていこう」と思えて、少し肩の力抜けた今日この頃でした。

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