小説『夏へのトンネル、さよならの出口』のネタバレ感想とあらすじを書いていきます。

※ネタバレが含まれていますので、未読の方はご注意ください。

あらすじ

主人公、ウラシマトンネルを知る

女子高生A「ウラシマトンネルって、知ってる?」

女子高生B「何それ?」

女子高生A「都市伝説みたいなやつで、入ったら、何でも欲しいものが手に入る代わりに、一気に年取っちゃうの。」

季節は夏。

駅のベンチで電車を待っていた主人公は、隣のベンチに座っていた女子高生のなにげない会話に興味を惹かれます。

たぶんベースは浦島太郎なんだろうなとか、あれこれ考えていたら、電車が到着します。

転校生

主人公のクラスに転校生がやって来ます。

名前は花城あんず。

黒髪ロングのストレートで、ちょっと近寄りがたい雰囲気のある美人さんです。

彼女は成績優秀で、体育では陸上部をしのぐほどの足の速さを見せます。

主人公、ウラシマトンネルを発見する

夜。

居眠りしすぎたせいか、ぜんぜん眠くなかった主人公は、散歩に出かけます。

そして、奇妙なトンネルを発見。

『ウラシマトンネルって、知ってる?』

主人公の脳裏に、女子高生の会話がよみがえります。

まさか、あれは都市伝説だ。

実在するわけがない。

そう思って引き返そうとしますが、ある思いが主人公を引き止めます。

つらい過去

主人公は、12歳のとき、2つ下の妹を亡くしています。

妹は主人公と一緒に遊んでいる途中に、事故で亡くなっているのですが、主人公はその時のことを今でも引きずっていました。

出す宛のない反省文が、脳内で延々と綴られた。

引用:八目迷『夏へのトンネル、さよならの出口』(ガガガ文庫)p30

奇妙なトンネルを見つけたが、引き返そうとした主人公を引き止めたのは、

もしウラシマトンネルがほんとうにあるのなら、妹のカレンを取り戻すことができるのではないか?

という思いでした。

主人公は、その奇妙なトンネルに入る決心を固めます。

これはウラシマトンネルなのか

トンネルにはいった主人公は、おかしな現象に遭遇します。

「うわああああああ!」

突然、何かが飛び出してきて、主人公は悲鳴をあげます。

よく見ると、それはインコでした。

ですが、そのインコは普通のインコとは少し違いました。

主人公が以前飼っていて、すでに死んだインコと瓜二つでした。

インコの名前はキイといいます。

死んだはずのキイがなぜここに…?

死んだはずのキイに遭遇する少し前には、トンネル内で、妹のサンダルを発見していました。

それはそこにあるはずのない、サンダルでした。

ここにカレンのサンダルがあるのはおかしい…。

と、主人公は不思議に思います。

脱出

ふと主人公は、今朝の女の子たちの会話を思い出します。

『欲しいものが手に入ったら、じゃあ帰ろってなるでしょ?』

ここではない。

『でもウラシマトンネルはただじゃ帰してくれないわけ』

その先だ

『なんかね、年取っちゃうの。それもおじいさんおばあさんになるくらい、一気に』

一気に。

さあ、と血の気が引いた。

引用:八目迷『夏へのトンネル、さよならの出口』(ガガガ文庫)p44

主人公は必死に出口に向かって走ります。

そして、転がるように外に出て、自分の皮膚をペタペタとさわり、年を取ったりしていないかを確認します。

年を取ってはいませんでした。

何かがおかしい

安心したのはつかの間、主人公は何かがおかしいと気づきます。

そして、自分の携帯の待受画面を見てぎょっとします。

なんと、日付が1週間も進んでいたのです。

あのトンネルの中で過ごしたのは、わずか数分。なのに、なぜ1週間も立っているんだ…?

転校生と協力してトンネルの謎を究明することに

その後、とある小事件をきっかけに主人公と転校生の花城は協力してトンネルの謎を解き明かそうとするのですが…。

あらすじの紹介はここまでになります。

感想

面白いと思った点は以下です。

・さりげなく登場する雑学ネタが面白い
・都市伝説とSFの融合
・登場人物がそれぞれ魅力的でよい
・読後感のよさ

順番に見ていきます。

さりげなく登場する雑学ネタが面白い

「知ってる? 電柱って中身が空洞なんだよ。どうしてかっていうと、そのほうが頑丈だから。僕はね、不意にやって来る大きな衝撃に体がポキリと折れてしまわないよう、あえて芯を持たないんだ。加賀にはちょっと理解しがたいかもしれないけど、これは崇高なポリシーなんだよ」

引用:八目迷『夏へのトンネル、さよならの出口』(ガガガ文庫)p22

電柱の中身は空洞。

初めて知りました。

え?そうだったの!?という驚きがあって面白かったです。

Googleで検索をかけたら、電柱の中身の写真が出てきたのですが、中身が空洞でした。

もう一つは、逃げ水は35度くらいで起きるということも出てきました。

道路の先に水を撒いたような鏡面が見られた。逃げ水だ。この現象は、気温が三五度くらいないと現れないとテレビで見たような気がする。三五度。どうりで暑いわけだ。

引用:八目迷『夏へのトンネル、さよならの出口』(ガガガ文庫)p25

逃げ水の知識をうまく使って、夏の暑い感じがよくあらわされていて、好きな表現です。

35度くらいで、逃げ水が起きたという事例は以下の記事にありました。

岩手日報という、主に岩手県内のニュースを伝えるサイトからの引用です。

最高気温35・8度(同8・6度高)を観測した盛岡市内では19日、地表付近の空気が熱くなって景色が揺らめく「かげろう」や、水があるように見える「逃げ水」の現象が見られた。

引用:https://www.iwate-np.co.jp/article/2021/7/20/99902

都市伝説とSFの融合

都市伝説的要素とSF的要素が融合されていて、面白かったです。

筆者はこういう物語は好きです。

2007年のアニメになりますが、『電脳コイル』も都市伝説的なオカルト要素とSFが融合されていて面白かったなぁ。

と、話がそれたので戻します。

ウラシマトンネルという都市伝説と、トンネルの内と外では時間の流れが違うというSF的要素が融合されていて、わくわくしました。

登場人物がそれぞれ魅力的でよい

本作のメインの登場人物は、主人公の妹を除くと、4人います。

まず、主人公の塔野カオル、転校生の花城あんず、主人公の友人の加賀翔平、そして主人公をパシリとして使うクラスメイト、川崎小春です。

この主人公の友人たちがそれぞれいいキャラしていて良いなぁと思いました。

それぞれ、キャラクターがしっかりとしていて、読み終わる頃には好きになっていました。

花城と川崎が、最初はいがみ合っていたのに、なんやかんやあって仲良くなる流れも好きだし、川崎も一見、主人公をパシリに使ったりと悪ぶったキャラクターだけど、自分に自身がないという弱い側面を持っていて憎めないんですよね。絶妙なキャラ設定だなぁと思いました。

花城も、自分の芯をしっかりと持っていて、賢くて強い人間のように見えるけど、なんだかんだで迷ったり、女の子らしい可愛い一面を見せたりと良いですね。

加賀くんも、友達思いだし、なにげに博識な面もあるし、良いキャラしてます。

「人間観察が俺の趣味だからな」
という口癖も気に入りました。

読後感のよさ

読んでいる途中、これ最後どうなるんだろ…。やばくね…?と思ったりもしましたが、読後感のよい終わり方でよかったです。

名言・名シーン

筆者は以下のシーンや言葉が心に残りました。

「そう。結局さ、何が正しいのかなんて誰にも分かんないんだから、自分が選んだ道を全力で駆け抜けるしかないんだよ」

引用:八目迷『夏へのトンネル、さよならの出口』(ガガガ文庫)p119

花城のセリフ。花城らしいセリフで好きです。

「何が正しいのかなんて誰にも分からない。だからこそ自分が選んだ道を、正しかったと思えるまで走り続けるしかないんだよ……だったかな? ちょっとうろ覚えかも。でもね、これだけは、はっきりしてる」

川崎はふっと優しく微笑んだ。

「それで私は変われた。だからあんずも、自分の信じた道を突き進めば、きっと望んだとおりの結果になるよ」

引用:八目迷『夏へのトンネル、さよならの出口』(ガガガ文庫)p273〜p274

川崎のセリフ。
以前、花城が川崎に言ったセリフを覚えていて、こんどは花城が、昔の自分の言葉に励まされるといういいシーンだなと思いました。

「えー。お兄……じゃなくて、塔野カオルは、あたしに頑張って会いに来てくれたので、今後、誰かを愛しても、別によいです!はいっ、おめでとう」

両手で用紙を渡される。

用紙にはでかでかと「愛するしかく」と書かれていた。

引用:八目迷『夏へのトンネル、さよならの出口』(ガガガ文庫)p252〜p253

僕は、それを受け取れずにいた。

「お兄ちゃん? どうぞ、だよ」

腹の奥から熱いものがこみ上げてくる。

引用:八目迷『夏へのトンネル、さよならの出口』(ガガガ文庫)p253

カレンの純粋無垢な感じと、主人公の今までも思いがあふれる感じにうるっときました。

考察

タイトルの意味

タイトルの意味についての考察を書いていきます。

まず「夏へのトンネル」は二重の意味があると感じました。

主人公が『失ったものを取り戻す』ために、トンネルに入るという意味が一つ目(主人公が取り戻したい過去は「夏」の出来事)。

そして、二つ目は、失った過去と向き合い「今を生きる」という選択をして、ふたたびもとの世界へ戻るためにトンネルに入るという意味です。(この時、主人公が戻りたいと思った現実の世界もまた、季節は「夏」)。

次は「さよならの出口」ですが、これも二重の意味に取れます。

まず、出口は二つの意味に取ることができます。

一つ目は、主人公が失ったものを取り戻すためにトンネルに入って、「出口」を目指したこと。

二つ目は、失ったものを一度手に入れ、現実と向き合う選択をして、再び「出口」を目指したことです。

要するに主人公は調査のためにトンネルに入ったのを除くと、大きく分けて2回、出口を目指しているわけですが、1回目の出口を目指すことも、そのトンネルに入った出来事がきっかけで、カレンを取り戻すことができるかもしれないと思い、「再びトンネルに向かうことになった」ということ。そして、物語の終盤で主人公がとった選択を合わせて考えると、結果的に「さよならの出口」であったという解釈も可能です。

つまり、主人公は初めてトンネルに入ったその時から、すでに「さよならの出口」へと歩みはじめていたという解釈です。

2回目の出口は、現実と向き合う選択をし、つまり過去に「さよなら」をして、再び出口を目指したわけですから、これも「さよならの出口」です。

うまく伝わったかはわかりませんが、筆者はこのように解釈しました。

おわりに

本作は著者である八目迷さんのデビュー作になります。面白かったので、著者のほかの作品も読んでみたいと思いました。

【※ネタバレ注意】追記: 映画版の疑問点を整理

映画版『夏トン』では、原作とはストーリーが微妙に異なっているのに加えて、説明が不足している部分があり、少し分かりにくいところがあります。

そこで、そのあたりを原作をもとに考察してみたいと思います。

まず、映画版の疑問点は以下の2つです。

①インコは連れ戻せたのに妹のカレンを連れ戻せなかったのはなぜか

②最後のシーンの前にインコがいなくなっていたのはなぜか

順番にみていきます。

インコは連れ戻せたのに妹のカレンを連れ戻せなかったのはなぜか

まず、ここで映画版と原作との違いを確認しておきます。

映画版の方では、塔野くんはトンネルの中で現れたインコのキイを家に連れて帰っています。

しかし原作では、以下の引用に示すように、インコのキイはトンネルの奥へ飛び去っていくだけで、家に連れて帰ってはいません。

まったく答えが出る気のしない疑問に、それでも無理やり納得のいく理由を探していたら、キイはトンネルの奥に飛び去っていった。

引用:八目迷『夏へのトンネル、さよならの出口』(ガガガ文庫)p43~44

ここが原作と大きく異なっている点で、このシーンがあるからこそ、「インコを連れ戻せるなら、同じようにカレンも連れ戻せるのでは?」という疑問が生じます。

それでは、なぜカレンを連れ戻すことができなかったのでしょうか。

このことは、原作小説の方で詳しく説明がなされており、読み解くポイントは以下の2つです。

①ウラシマトンネルの真の特性とは何か

②主人公は知らず知らずのうちに「現実と向き合う力」を取り戻しており、そのことは「カレンを連れ戻すこと」と矛盾する

順番に詳しく見ていきます。

①ウラシマトンネルの真の特性とは何か

原作にはこうあります。

ああ、そうか。
今、確信した。
ウラシマトンネルの特性は、『欲しいものがなんでも手に入る』ではない。

『失くしたものを取り戻せる』

それが、それこそが、ウラシマトンネルの真の特性。

引用:八目迷『夏へのトンネル、さよならの出口』(ガガガ文庫)p253

つまり、ウラシマトンネルの本来の特性とは『失くしたものを取り戻せる』こと。

そして、主人公は、この特性によって知らず知らずのうちに取り戻していたがありました。

それは、『現実と向き合う力』です。

ウラシマトンネルの真の特性は『失くしたものを取り戻せる』だ。だからこそ僕はカレンに会うことができた。誰かを愛する資格だって得た。だけど知らぬ間に取り戻していたものが他にもあった。
『現実と向き合う力』だ。

引用:八目迷『夏へのトンネル、さよならの出口』(ガガガ文庫)p261

ここまでの話をまとめると、ウラシマトンネルの真の特性とは『失くしたものを取り戻せること』で、主人公はその特性によって無意識のうちに『現実と向き合う力』を取り戻していたということです。

②そして、そのことは「カレンを連れ戻すこと」と矛盾する

文章は以下のように続きます。

辛い過去を受け止め今を生きること。それは一〇歳で時が止まったカレンの存在と矛盾している。だから、どちらか片方を選ぶ必要があった。

引用:八目迷『夏へのトンネル、さよならの出口』(ガガガ文庫)p261

つまり、主人公はここで、「カレンを連れ戻すか」、それとも「そのつらい過去を受け止め今を生きるか」という選択にせまられることになります。

しかし、ここで仮に「カレンを連れ戻す」という選択をしたとしたらどうでしょう。

それは主人公が無意識のうちに取り戻していた、つらい過去と向き合って今を生きるという『現実と向き合う力』に矛盾してしまいます。

別の言い方をすると、仮に主人公がカレンをウラシマトンネルから現実世界に連れ戻して一緒に暮らすという選択をとったとしたら、その一度死んでしまったカレンと一緒に暮らすということそれ自体が、つらい過去を受け入れることができていない証明になってしまいます。

結論

これまでの話をまとめます。

カレンを連れ戻すことができなかったのは以下の理由によると考えられます。

◆カレンを連れ戻せなかった理由

1.ウラシマトンネルの真の特性とは『失くしたものを取り戻せること』。

2.そして、主人公はそのウラシマトンネルの特性によって知らず知らずのうちに『現実と向き合う力』を取り戻していた

3.カレンを現実世界に連れ戻すことは、過去にとらわれていることの証明になってしまい、主人公が取り戻した「つらい過去を受け入れ今を生きる」という『現実と向き合う力』に矛盾してしまう。

4.以上のことから、主人公はカレンを連れ戻すことができなかった。

最後のシーンの前にインコがいなくなっていたのはなぜか

最後のシーンの前に、インコのキイが、鳥かごの中からいなくなっています。

このシーンの意味は、主人公が『現実と向き合う力』を取り戻したことを表しているのではないかと思いました。

つまり、主人公は「つらい過去を受け入れ今を生きる」という『現実と向き合う力』を取り戻した。しかし、インコのキイは主人公にとって「つらい過去のひとつ」であり、主人公が「つらい過去を受け入れることがまだできていない状態」にあった時にトンネルに入ったことから、トンネルの力によって「形」を成した存在。

そして、主人公が『現実と向き合う力』を取り戻すことで、「つらい過去のひとつ」であったインコのキイの存在との間に矛盾が発生した。その結果、インコのキイはいなくなった。より正確には現実世界から「消失した」のではないかと思います。

筆者は以上のように解釈しました。みなさんはどう思いますか。

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